大判例

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大阪高等裁判所 昭和52年(ネ)2088号 判決

控訴人(附帯被控訴人)

前田製菓株式会社

右代表者

前田敬三

右訴訟代理人

木村保男

外五名

被控訴人(附帯控訴人)

三箇山茂郎

右訴訟代理人

植垣幸雄

外三名

主文

原判決中被控訴人(附帯控訴人)に関する部分を次のとおり変更する。

控訴人(附帯被控訴人)は、被控訴人(附帯控訴人)に対し、金四一万〇四〇〇円およびこれに対する昭和四五年一一月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。

本件附帯控訴を棄却する。

控訴につき訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを五分し、その一を控訴人(附帯被控訴人)の、その余を被控訴人(附帯控訴人)の負担とし、附帯控訴につき控訴費用は附帯控訴人(被控訴人)の負担とする。

この判決は、被控訴人(附帯控訴人)の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

以下、控訴人(附帯被控訴人)を単に控訴人と、被控訴人(附帯控訴人)を単に被控訴人と称する。

一、当事者双方の求める裁判

1  被控訴人

本件控訴を棄却する。

原判決中被控訴人の控訴人に対する敗訴部分を取消す。

控訴人は、被控訴人に対し、金一三五万九二〇〇円およびこれに対する昭和四五年一一月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

仮執行の宣言。

2  控訴人

本件附帯控訴を棄却する。

原判決中控訴人の敗訴部分を取消す。

被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二、当事者双方の主張および証拠関係

次に付加するほかは、原判決事実摘示中控訴人および被控訴人に関する部分の記載と同じであるから、これを引用する。

1、主張

(一)、被控訴人

(1)、退職役員に対する退職慰労金は、商法二六九条所定の報酬に含まれない。

右退職慰労金は、退職役員の業務執行に対する対価であり、報酬の後払的性質を有するものである。右後払的性質からして、右退職慰労金は、右法条所定の報酬に含まれないと解するのである。

特に、控訴会社の退職慰労金支給規定では、その支給対象を役員と一般従業員とで区別せず一体化し、ただ、支給される退職慰労金を、業務執行の対価たるもの、と功労金的なもの、とに区別して規定しているのであるから、かかる支給体系のもとでは、被控訴人が本訴で請求している如く在職年数によつて差異を設けて支給される退職慰労金は、まさに、業務執行に対する対価で、しかも、その後払的性質を有するものである。

右の如き法的性質を有する退職慰労金は、一般従業員に対して支給される退職金と何等異ならない。したがつて、右退職慰労金支払請求権は、一般従業員の退職金支払請求権の発生時期と同じく、株主総会決議を要せず、役員の退職時に発生するし、その金額は、右退職慰労金支給規定により当然決定される。

(2)、仮に、右退職慰労金が、右法条所定の報酬に含まれると解しても、控訴会社の如く、株主総会も殆ど開催されず、株式譲渡も制限され、役員も同族のみで構成されている会社については、右法条の適用はない。けだし、右法条の立法趣旨は、役員報酬についてお手盛を防止しひいては会社あるいは株主の利益を保護するところにあるところ、会社の運営や機関構成が右の如き実体を持つ会社においては、役員報酬のお手盛即株主としての自らの不利益となる故、役員報酬についてお手盛の虞れがないからである。

現に、控訴会社では、役員報酬については勿論、退職慰労金についてすら、株主総会で決議したことはなく、役員であつても一般従業員であつても、一律に前記退職慰労金支給規定を適用し、右規定に基づき、退職慰労金を支払つて来たものである。したがつて、被控訴人は、ただ、右退職慰労金支給規定のみに基づいて、当然、役員としての退職慰労金の支払を受け得るのである。

(3)、仮に、被控訴人の右主張が認められないとしても、被控訴人が、本件退職当時控訴会社から支給されていた金員は、全て賃金であり、役員報酬ではない。

したがつて、被控訴人は、同会社に対し、少くとも、退職金として金二一二万八〇〇〇円およびこれに対する昭和四五年一一月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払請求権を有する。

(4)、控訴人の主張は争う。

(二)、控訴人

(1)、被控訴人は、昭和三七年九月、控訴会社の取締役に就任し、工場長を歴任した業務担当取締役であつて、従業員(使用人。以下同じ。)を兼ねていたものではない。すなわち、被控訴人は、右取締役に就任後、昭和三八年一〇月四日に金三六万円、昭和四〇年二月一日に金三六万円の、いずれも株主総会の決議を経た役員賞与を受領しているが、昭和四〇年期から被控訴人において右取締役を辞任した昭和四五年一一月二五日までは、控訴会社の経営不振により、他の役員と同様、右賞与を受領していない。ところが、同会社が役員賞与を支給していない右期間中も、同会社は、その一般従業員に対しては、毎年夏期、冬期の二回にわたり、所謂ボーナス(賞与)を支給して来たところ、被控訴人は、右ボーナスの支給を受けていない。右事実から見ても、被控訴人が、同会社の従業員を兼任していたとはいえないのである。〈以下、事実省略〉

理由

一被控訴人が昭和二五年四月一二日控訴会社に雇傭され、爾来製造係員、工作係員、同係長、同課長、堺工場長として労務に従事し昭和三七年九月同会社の代表権限のない取締役に就任し昭和四五年一一月おそくとも同月二五日右取締役を辞任し同時に同会社を退職したこと、被控訴人が右退職時同会社より一カ月金一四万円の金員の支給を受けていたこと、は当事者間に争いがない。

二1  被控訴人の本訴請求は、第一に、被控訴人が控訴会社の取締役を辞任し、同時に同会社を退職したことに伴う退職慰労金の支払請求である。

(一)  しかして、退職取締役の退職慰労金は、商法二六九条の立法趣旨、すなわち、取締役等会社役員が取締役の報酬額を株主の利益を害する不相当な高額に定め支給するのを防止することにあるとの趣旨に鑑み、右法条所定の報酬に含まれ、しかも、それは、右法条の右立法趣旨から考えて、右退職慰労金が、取締役在職中の職務執行の対価としての性質のみを有する場合であると、取締役在職中の特別功労に対する支給としての性質を含んでいる場合とによつて区別されるものではない、と解するのが相当である。

右説示に反する、被控訴人のこの点に関する主張は、理由がなく採用できない。

(二)  ところで、被控訴人は、控訴会社の退職慰労金支給規定の構成からして、被控訴人請求にかかる本件退職慰労金は商法二六九条所定の報酬に該当しない旨主張する。

しかしながら、仮に、同会社の退職慰労金支給規定の構成が被控訴人主張の如くであつたとしても、被控訴人が同会社の退職取締役の立場で本件退職慰労金の支払請求をする限り、右法条の前説示にかかる立法趣旨からして、右法条の適用を免れ得ないと解するのが相当である。

よつて、被控訴人のこの点に関する主張も又理由がない。

(三)  被控訴人は、退職取締役の退職慰労金が商法二六九条所定の報酬に含まれるとしても、被控訴人主張の如き会社の運営や機関構成の実体を持つ所謂同族会社には、右法条の適用はない旨主張する。

しかしながら、右法条の前説示にかかる立法趣旨からして、被控訴人主張の如き実体を持つ会社所謂同族会社をそれだけの理由で右法条の効力範囲外に置く合理的根拠はない。そして、仮に、控訴会社における退職慰労金の従前の支給例が被控訴人主張の如くであつたとしても、右法条の適用が右事実によつて左右される謂もない。

よつて、被控訴人の右主張も又理由がない。

(四)  被控訴人は、更に、被控訴人が控訴会社を退職する当時同会社から支給されていた金員は全て賃金であり役員報酬ではない旨主張する。

しかしながら、被控訴人が控訴会社を退職する当時同会社から支給されていた金一四万円には、被控訴人の取締役としての報酬と同会社の従業員としての労働の対償とが含まれていたと解するのが相当であること後記説示のとおりであつて、右説示からすれば、被控訴人の右受領金員中その労働の対象に相当する部分のみが賃金に該当するというべく、被控訴人の全額賃金であつたとする右主張は、既に右説示の点で理由がないことになる。ただ、後記認定説示のとおり、右賃金の支給関係を派生せしめた、被控訴人の従業員たる地位が、控訴会社に対し、本件退職慰労金の支払請求権を発生させ、右賃金が右退職慰労金算定の基礎(ただし、具体的な算定式は後記のとおり。)となるのであるから、被控訴人の右主張は、その限度において、理由がある。

(五)  叙上の説示から、被控訴人の退職取締役としての本件退職慰労金については商法二六九条の適用があると結論されるところ、同条所定の、右退職慰労金の支給の可否、支給する場合の金額に関する控訴会社の定款又は株主総会の存在について、その具体的主張がない。

してみれば、被控訴人の退職取締役の立場からする右退職慰労金の支払請求は、被控訴人のこの点に関するその余の主張につき判断を加えるまでもなく、右説示の点で既に理由がない。

2(一) 他方、退職取締役が従業員の地位を兼任していて、取締役の辞任と同時に退職により従業員としての地位をも失う場合には、別に従業員に対する退職慰労金の支給規定があつて、その支給規定に基づいて支給されるべき従業員としての退職慰労金部分が明白であれば、少くとも右部分に対しては、商法二六九条の適用はないと解するのが相当である。けだし、右退職慰労金部分は、労働関係の対償として支払われるものと解されるからである。

(二)(1)  〈証拠〉によれば、被控訴人は控訴会社の取締役に就任後も引続き同会社堺工場長の地位にあり、昭和四〇年頃より同会社宇都宮工場長をも兼任するようになつたこと、被控訴人が同会社を退職する当時、被控訴人の上司として同会社の製造常務取締役兼製造部長である訴外前田博がおり、被控訴人は前田博の指揮監督の下にその業務を行つていたこと、被控訴人の業務内容は、取締役就任当時から本件退職時まで変らなかつたこと、被控訴人は、一時同会社より製造部長の役名を授けられたことがあつたが、それはただの名称に過ぎず、右役名に相応する権限も責任もなく、被控訴人の従前からの業務内容は右役名の付与によつて何等変化するものでなかつたこと、被控訴人はただ同会社の取締役会に出席してその議事に参加していたこと、同会社には、被控訴人の退職当時退職慰労金支給規定が存し、右規定に基づき退職従業員に対し退職慰労金が支払われていたこと、被控訴人は、本件退職により、同会社の従業員たる地位をも喪失したこと、が認められ、右認定に反する、当審証人前田三郎の証言、控訴会社代表者本人の前記供述部分は、前掲各証拠と対比してにわかに信用することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定事実に基づけば、被控訴人は、控訴会社を退職する当時同会社の従業員たる地位をも兼有しており、しかも、右退職と同時に右従業員たる地位をも失つたものであつて、同会社に存在する退職慰労金支給規定は、被控訴人の右退職従業員たる資格に基づき、被控訴人に対しても適用があるというべきである。

よつて、右説示に反する控訴人の主張は理由がない。

(2)  もつとも、〈証拠〉によれば、被控訴人は、昭和三八年一〇月四日に金三六万円、昭和四〇年二月一日に金三六万円の、いずれも控訴会社の株主総会決議を経た役員賞与を受領したが、昭和四〇年期から以後被控訴人の在任中は、同会社の経営不振により、他の役員と同様、右賞与を受領していないこと、他方、同会社が役員賞与を支給していない右期間中も、同会社は、その一般従業員に対して、毎年夏期冬期の二回にわたり、所謂ボーナス(賞与)を支給して来たこと、被控訴人が、右一般従業員に対するボーナスの支給時期にボーナスの支給を受けていないこと、が認められ、右認定事実からすれば、被控訴人は、一見従業員たる地位を兼有していなかつたかの如くである。

しかし、労働者に支給される所謂ボーナス(賞与)とは、元々、賃金の内定期又は臨時に、労働者の勤務成績に応じて支給され、支給額が予め確定されていないものをいうと解される故、更に、〈証拠〉によれば、控訴会社の従業員中係長以上の幹部級に属する者は、同会社の経営不振中一般従業員とは別個の臨時的給与体系に組入れられ、その職階に応じて支給賃金額が変動していたことが認められ、右認定事実からすれば、右幹部級に属する者の中には、ボーナスの支給額が極少であつた者もいたことが推認される故、被控訴人が、控訴会社より、ボーナスの支給につき、一般従業員と異なる取扱いを受けたことから、直ちに、被控訴人が同会社の従業員ではなかつたと結論することはできない。

いずれにせよ、控訴人のこの点に関する主張は、理由がなく、採用の限りではない。〈以下、省略〉

(大野千里 鍬守正一 鳥飼英助)

計算書〈省略〉

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